vol.2 「階段箪笥」それは家具なのか?「家」なのか?

階段箪笥は箪笥であって、家の一部でもある。

 階段箪笥は日本の家具の中でも最大級の大きさを誇り、水屋と並んで和家具の双璧と言ってもいいと思う。同時にこれは本当に家具なのだろうか?。家の一部では無いかと思えるほど家の構造や導線と一体化しており、現実に家具屋さんではなく明らかに大工さんが手がけたものも少なくは無い。
 
 過去、Pro Antiques "COM"向日町工房では、いくつも階段箪笥を修復しており、明らかに専業の家具製作業者が当時製作したものは、やや小型のものが多く、大抵が上下に分離可能。細工が細かく、家具工房からの搬入と移動を考慮して軽量にできている。
 
 対して、明らかに家を建てた大工さんが階段に引出しをつけるという「家具 < 家」パターンのものは、階段という用途がメインのために強度は最優先で一体型。やはり「あくまでぼくは階段ですからね」と大前提がある。結果、どうしても引出しや引き戸なども大造りのものが多い。
 
 大工さんが作ったものは自分の名を墨書きしてあるものが多いのも特徴かもしれない。「俺は家だけでなく、家具も作れるんだよ」と言う示威なのだろう。
 

見事なケヤキ厚板を使って丁寧に組まれている家具系の一品は修復甲斐もある

 

家具系の階段箪笥は分解できる

 買取り部門が、過去、何回か階段箪笥の買取依頼を断ったケースがある。すべて修理部がNGを出したものだ。
 
 それは建築物に一体化しており柱などを切らないと取り外せなかった場合で、階段箪笥が「家そのもの」であるケースでは、家の解体などは無い状況で「アンティーク」を引き取って欲しいというご要望に応える事ができなかったケースだ。
 
 対して、家具系の階段箪笥はさすがに作っているのが家具の専門職人たちだっただけに、あらかじめ将来的なメンテナンスも考慮して、部品の分解交換ができる様な指物構造になっており、当然、構造もそれに見合う形で複雑にできている。
 
 やはり家具は家具なのである。
 家具系のものは階段という動かしがたいイメージに反して、まことに移動がしやすく、修復・納品はまことにスムーズに進む。
 
 仮に自分で買うなら、何としても家具系の階段箪笥で総ケヤキの最上手のものを選ぶと思う。恐らく修理済みなら100~150万程度だろうが。
 

上手の階段箪笥はフレーム構造。木の骨組みに板をはり斜め荷重を分散する。

 

修復は小屋を作る様な雰囲気の作業。

 やはり家具系であろうと大工系であろうと階段箪笥は他の家具に比べると大きい。家具系のものがいくら分解しやすくできているとはいえ、修理スペースを含めて着物を入れる衣装箪笥の様な作業にはならない。
 
 なんといっても、人間が乗る前提の家具などというのは椅子やベッドの他には考えにくく、まして体重をかけて上り下りを繰り返すのだから、上部からの荷重強度は必要以上に充分に余裕をもたせて考えなければならないという事になる。
 
 特に家の壁面構造や柱ととももちする形で一体成型されている大工系の階段箪笥は、取り外した後は新たにフレーム構造を新造して完全に内部を作り替えなければならない。
 
 新たに家の構造とは独立して単独の家具として販売するのだから、階段の強度を確保することは不可欠という事になる。
 
 結局、内部を完全に作り変えフレームを別作りではめ込み、工房で一番体重の重いA君(89kg)が仮組み段階から階段箪笥を上り下りすることを繰り返し、問題無いかテストを重ねないと怖くて出荷が出来ないのだけれど、そんな家具はやはり階段箪笥しかない。
 
 いつも疑問に思うのだが、板構造のまま手を入れずに店頭などで売られている階段箪笥を見る事があるが、構造強化しないまま流通している大半の階段箪笥は将来的にどうなっていくのだろう。もちろん、人のことまで考えると身がもたないので考えない様にしているけれど・・・。
 

古い塗装が焼け、穴だらけだった引きだし前板。ケヤキの木目はここから蘇る。

 

穴を埋め、研磨する。

 黒光りする階段箪笥が淡い照明の下で光線を跳ね返しうずくまっている様は誠に絵になる。あれが形だけ階段の形をした中国で製造される階段箪笥のレプリカではそうはいかない。
 
 素材がすでに雲泥の差なのだからレプリカを責めるのは可哀想だけれど、もちろんそもそもレプリカは階段としては使用できないのだから比較してはならないだろう。
 
 階段箪笥の迫力の源はやはり階段という実用の力強さが背骨になっているのだろう。しかしいくら堅牢に作られているとはいえ、明治のものなら下手をすると150年近いものも多く、長年の使用で痛み損耗している。
 
 引き出しの取っ手も何度も付け替えられ、その度に専用の職人が手がけたものは決してそんなことは無いのだけれど、大抵は家の人が身の回りの工具で穴など開けて間に合わせの取っ手をつけたり、服を釣るために五寸釘を打ち込んだりとひどい扱いを受けているものが多い。
 
 こういう意味でも家の一部として「ぞんざい」な扱いを受けてしまうのが、階段箪笥の宿命なのだろう。家の中にデンと構えて、家人の上り下り耐え、荒っぽく扱われつつ、それでも必要不可欠な存在。
 そういう意味でも階段箪笥は家具の王様と言えるかもしれない。
 

木骨のフレーム構造を作りそれを嵌め込む

 

作業時間もやはり一番。

 新材から近江水屋の完全再生をした事が幾度かあるが、実は家具製造の方が修理より時間がかからない。作るより直す方が時間がかかると言っても、一般の方には理解しにくいだろう。もちろん、修理と言ってもフルオーバーホールの話で、修復の程度にはよる。
 
 新たに作る家具製造の方が材料加工と組み立てが順序良く進み、作業に無駄が起きないというのがその理由となる。四尺程度の近江水屋なら、熟練しており、材料さえ揃っていれば大抵1~2日で木工品としては作る事ができる。対して修復は分解・洗浄・部品採寸・塗装剥離という余分な作業が制作の前に必要になることでかなり時間を使う。
 
 ときどき、外部の人に「へー昔の家具の修理ってのは、作っているみたいに手間がかかるんですね。」と言われると、分かってないなあとため息がでる。
 
 新品を作るのと違い、古材を丁寧に分解し、洗浄することに必要以上に時間がかかる。分解しないと破損箇所や修復の作業程度がわからないので段取りが立てにくく、工程は現場に流される。劣化した塗料の剥離に時間がかかる。採寸前提の現場あたりになるので品物を見ずに予め木材カットが出来ない。新たに組み込む木の色合わせに時間がかかる・・・etc。
 
 中でも階段箪笥は上に書いた様に強度を考えなければならず、金具で補強するわけでも無いので、指物構造を考え直すのに現場採寸を繰り返すトライアンドエラーの世界となる。手間と時間がかかる上、なんといっても表面積が大きい。つまりさらに言えば剥離や下処理、塗装にも様々なコストがかかる。
 
 そして、作業スペースとしてみれば衣装箪笥3棹程度の場所を占有する。工房という裏方でさえも、堂々と立派に存在を主張する階段箪笥の威容はやはり別格と言える。
 
 結局、階段箪笥は修復から見ても家具の王様。であるからこそ、多くの人が欲しがる素敵なアイテムという事にもなる。
 王様万歳。
 
向日町修理工房
 

裏板を貼る前でも100kg程度の垂直荷重には充分な強度を確保

 

 

 

Vol.1 近江水屋

 
フレーム構造と直線の美


 
容量の大きな水屋を是非新築の家屋に据え付けたいという要望から、据付収納の代わりに容量の大きな近江水屋を活用する。修復素材としての近江水屋や京水屋などの最盛期は明治時代。
 

Vol.2 階段箪笥

 
それは家なのか?家具なのか?


 
階段箪笥は日本の家具の中でも最大級の大きさを誇り、水屋と並んで和家具の双璧と言ってもいいと思う。同時にこれは本当に家具なのだろうか?。家の一部では無いかと思えるところもあり....
 

Vol.3 真鍮ネジ

 
らせんの迷宮


 
マイナスの真鍮ネジは風前の灯。メーカー生産が終了してからもう30年程度たって、世の中から完全に忘れ去られつつある。マイナスドライバーが店頭から消える時代だから...
 

Vol.4 多段引出

 
飴色の色彩表現


 
小さい割に手間をかけなければならず、かつ塗装にも凝らなければならないのが多段引出し。引出しが多ければ多いほど、引出しの分解作業に骨が折れる。