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vol.1 「近江水屋」フレーム構造と直線の美

家屋にはめ込み壁収納として活用

 容量の大きな水屋を是非新築の家屋に据え付けたいという要望から、据付収納の代わりに容量の大きな近江水屋を活用する。うまく組み込めば素晴らしい壁面収納が出来上がる。
 
 修復素材としての近江水屋や京水屋などの最盛期は明治時代。一般には明治期の近江水屋がテレビの時代ドラマや映画などに平気で登場しているが、時代考証的には間違っており、京水屋や近江水屋に代表される最盛期の様式美が確立するのは明治中期頃である。
 
 江戸期のものを過去何本か修復したが、据付もしくは家との一体で簡素なものが多く、家具としての様式でみれば、布団などの寝具入れや座布団入れと構造的には差異がなく、食器収納系は奥行きが狭いという差異しか無い。
 
 明治前期の墨書きのある物でさえやはり引き出しの無いものが多く、引き戸の装飾も簡便であり、映像作品の「えづら」を考えれば、明治期中期以降の美しい様式美をほこるものを背景に加えたいというのは人情としてよく理解できる。
 
 この時の依頼もそうした明治末の彦根系の近江水屋であり、1800幅(一間)の堂々とした作りのものを修復し、キッチンサイドに組み込むという依頼であった。
 

 

 

全体でリノベートしていく

 

システムキッチンと水屋

 システムキッチンにパナソニックのアイランド型を入れることとなり、床下収納も欲しいということで床下もやりかえた。一度床材を剥がして根太を切断して井桁に組んで、腰掛のアリ継ぎで組み直してスライドレール式を組み込むことで、開口部に対して三倍の大容量床下収納が地下鉄の様に床下を移動する仕組み。
 
 システムキッチンとはL字型になる様に水屋を階段下の押入れを利用し、奥行きを二分して反対面に折れ戸タイプの扉をつけて壁面収納とし、背板で仕切られたキッチン側の対面に水屋をすっぽりはめ込む形をとった。
 
 導線から言えばシステムキッチンの反対サイドにも引き戸式の食器収納をつける予定なので、大容量のアンティーク水屋と合わせて充分以上の収容容積が確保できる計算で、配膳までのプロセスもスムーズに行くという流れで何度もオーナーと作戦を練り直した。
 

まず素材となる水屋の選定。ベースとしての状態はますまず

 

素材としてかなり状態の良い近江水屋を入手

 明治末にしては状態はすこぶる良い。腰回りや下回りの虫食いも無い。土間で使われていたことが多い水屋は湿気が下から上がってくるうえに、特に背面の下回りは空気が動きにくく虫やカビの被害に遭いやすい。
 
 多くのアンティーク水屋でここが致命的に虫に食われている場合がほとんどだ。仮にアンティーク水屋を購入する人は背面のフレームを特に注意してチェックすることが求められる。

分解後にフレームを仮組みした状態

 板材は交換がしやすいがフレームは全体分解が基本となり、程度の悪いフレームのものを入手すると将来的な修復費が購入費を大きく上回ることは珍しく無いからだ。
 
 特に内部が黒く塗られているものは板材の汚損が激しい場合が多く、汚いことを誤魔化すために黒く塗られている。こうしたものは修理はおろか満足に清掃されていないものが多く、ゴキブリの巣となってい可能性もある。頭を突っ込んで匂いを確認することをお勧めする。たいてい、シンナーの臭いに混じって異臭がするし、ファブリーズの臭いもする。
 
 そうした心配がない状態の良い水屋は珍しいが、それでも最低限板材が交換されたものを購入することが望ましい。結局、清掃修理メニューを何もしていないで10万円の破損した水屋を買うなら、40万円でフルメニューを経た水屋の方が素材費用としても絶対に得だからである。(中古車を考えるとわかるが、へたり切った事故車に対して、程度がよく交換部品を総交換した車両が同じ価格であるわけは無いし、どちらが得かである。)
 
 基本的に水屋はフレームまで分解しなければ、細部に入り込んだ100年分の虫や汚れを取り除くことができない。
 

部位を記録しながら分解し組み直す。

 

下回りの再構成

 
 水屋はパーツ数も多く、同時に今の家具の様に均質にはできていない。結果すべてのパーツを記録しつつ分解し、もう一度組み直すことが必要になる。
 
 さらに言うと水屋の下段はもともとすり鉢や大皿、大鉢、梅壺、梅酒瓶などの大型重量物を入れて使われることが多かったが、実は下段はそれほど重いものを大量に入れる様な構造強度は無い。
 
 結果、重量物を長年入れられてきた為にほとんどの水屋が下部のフレームが歪んでいることが多い、最下段の棚板は今回のケースでも完全に板が外れていた。そうした前提を踏まえて、工房では水屋最下段には田の字型のサブフレームを組み込み構造強化している。
 
 こうすることで垂直に荷重に対して数十倍の強度が出ると共に、本体のねじれにも対抗的な強度を確保できる様になる。今回の場合も、下段はコレクションの伊万里をある程度収納するという前提があったため、中棚も含めてサブフレームを二段分組み込み構造を補強している。
 
 また、引き戸溝も長年の開け閉めで磨耗していたので新たにヒノキで引きなおした。この状態にしておいて棚板を貼っていく。
 

スギ無垢板の棚材を張り込んでいく

 
 

満足のいくアンティーク収納

 

横方向の収縮を考慮して組みにする

 

 ウオークインクローゼットや壁面収納全盛期の時代であり、以前の様にアンティーク水屋を活用するメリットを感じることができにくい前提がある。
 
 最大収容容量は変わらなくとも、設置工賃などのトータルコストを考慮する場合や、キッチンに無機質で効率的な雰囲気を前面に出したい場合は、やはり現代建材による壁面収納が断然優れている。
 
 しかし、やはり単純な効率比較では無く、日本の時間軸に根付いた味わいを生活に組み込み、生活をより積極的に楽しむためには、幾つかの条件をクリアーしたアンティーク水屋の活用は選択肢として優れた部分も多い。
 
 日本の四季に溶け込み、生活に過去からの連続性をもたせる。そうした意味で日本の水屋は優れた収納器具であることに変わりは無い。
 ヒノキ材やスギ材の真新しい香りのするアンティーク水屋は、現代生活にもよく映えるマストアイテムの一つであり続ける。
 
 向日町工房
 

ここまでの100年と、「ここからの100年」

 

Vol.1 近江水屋

 
フレーム構造と直線の美


 
容量の大きな水屋を是非新築の家屋に据え付けたいという要望から、据付収納の代わりに容量の大きな近江水屋を活用する。修復素材としての近江水屋や京水屋などの最盛期は明治時代。
 

Vol.2 階段箪笥

 
それは家なのか?家具なのか?


 
階段箪笥は日本の家具の中でも最大級の大きさを誇り、水屋と並んで和家具の双璧と言ってもいいと思う。同時にこれは本当に家具なのだろうか?。家の一部では無いかと思えるところもあり....
 

Vol.3 真鍮ネジ

 
らせんの迷宮


 
マイナスの真鍮ネジは風前の灯。メーカー生産が終了してからもう30年程度たって、世の中から完全に忘れ去られつつある。マイナスドライバーが店頭から消える時代だから...
 

Vol.4 多段引出

 
飴色の色彩表現


 
小さい割に手間をかけなければならず、かつ塗装にも凝らなければならないのが多段引出し。引出しが多ければ多いほど、引出しの分解作業に骨が折れる。