「器直しの日本史展」という試み

 日本人の生活道具としての「器」。それを長く使い続けるために大切に扱うということ。そして壊れれば時にそれを直すということ。それは日本人が生活の中で当たり前に続けてきたことです。

 しかしいつしか大量生産、大量消費が当たり前となり、捨てることを前提に買うことを考えてしまう時代になりました。それでも、「私」にとって、100円の値札がついたワゴンセールに山積みの器だとしても、お気に入りはあるはず。

 そして、それに3500円の材料代と時間と手間をかけて金継ぎをするという人がいます。売り場に行けば100円で買えるのに。

 一見矛盾しているようにも見えますが、ものに向き合うとはそういうことではないのだろうか・・・。では「直す」という行為そのものとはなんなのだろうか。そもそもの疑問符がたくさんつく「直し」をめぐる問いかけは、Pro Antiques "COM"に取っても宿題のようなものでした。

 それを「わたし」のレベルで考え直したい。それが「器直しの日本史展 2014」へといたる道筋でした。

 


「それでも、器は欠ける」

 器が欠けた。器が割れた。「いま」の私は少しの躊躇もなく、リサイクルBOXの埋め立てゴミの分類へと、それを投げ入れるだろう。大切にしていたとしても、器が破損した瞬間。「いま」の私にとって、それはゴミにすぎないから・・・。割れてしまえば、もうそれは器ではない。そう「いま」の私は考えている。しかし、本当にそうだろうか。

by Pro Antiques "COM"


 
「大切に使っていても、物は壊れていく。人に作られたものたちにとって決してあらがえない法則だとしても、「それでも」を思う人の心のはたらきは、儚くもその流れにあらがおうとする。

 かつて日本人は器を直すことを当たり前のことのように生活に組み込んでいた。

 古くは縄文時代に漆で土器をつなぎ合わせる技術があり、近世には絶妙で高度な修復技術を複合的に使いこなすまでに展開した。100万にまで届いた江戸の町や商業経済が近代直前にまで迫った京大阪では、職業者としての技能集団が「器の修復」を商業サーヴィスとして送り出し、「直し」は庶民生活の一部にまで浸透させていった。

 直すことは最後までものと向き合うことであった。いじらしいまでのものとの格闘でもあった。「それでも」と、破損したものに取り付き、なんとか再び壊れたものを使い続けようという日本人の精神が、ものを直し使い続ける上で多様な素材と技術を開花させていく。

 その源流をたどれば、確かに富裕の人々の贅沢品を高名な工芸家が最高度の技術と素材で修復するという目的の上に築かれる超絶的な実技という源流からも流れ落ちているという側面ももちあわせていたが、そればかりではなかった。

 生活の上で限られた家財や道具を使い続ける市井の人々の必要がなによりその試みの幅をひろげ、実直な生き様という無数の細流となって、必要というレベルにおいて破損という現象に激しく争うという、より広く激しい奔流によって技術を洗い続けた。

 無数の人々の日々の生活という広い海原で撹拌されて「直し」は展開していく。やがて、より切実に、生きることに向き合っている人々にとって、無数の浜の小石のように日常で磨かれていく文化として日本社会では機能していった。」

「うつわを継ぐ人々」- 器直しの日本史展 - 雁金俊彦

 
「器の修復と向き合うことは、「直し方」の土台になっている、さまざまな「考え方」を見つめ直すことでもあった。

単純に器を直すと言っても、「修復」の痕跡をどう捉えるかという面だけで見てさえ、修復を一種の装飾と捉え、さらに「直すほどのものである」という付加価値のスパイスとして捉えるような積極的なものの見方もあれば、その一方で、痕跡を残さないことに緻密で繊細な手間をかけるという見地から、強度を含めた分子上の有り様にまでに言及して痕跡を消し去る考え方にも出会った。

まして、技術や素材、そしてベースとなるそもそもの「壊れた器」における議論には、相互に重なり合うようにこだわりや哲学が複雑に積み重なっている。

どれも正しいとも言えるし、角度を変えれば疑問符がつくのかもしれない。そして、それらの修復にはそれぞれの主張があり、思いがあった。ものと向き合うということは恐ろしいほどのことでもある。」

「実は恐ろしい「なおし」のおはなし」- 器直しの日本史展 - 雁金俊彦
 

「器直しの日本史展」でできたこと。できなかったこと。

「わたし」の小さな疑問から始まったこの試みは、イベント総入場者数は5475人。期間一ヶ月の単独の小店舗イベントとしては数多くのご入場をいただけ、おおくの会話と疑問符を生み出すことができました。

 金継ぎ教室や作家紹介。京都の金継ぎ職人 田中阿季羅氏 (白金堂様)、等金継ぎ作家さんの紹介と作品実物展示。また、貴重な上質国産漆である 浄法寺漆(株式会社浄法寺漆産業様)等の金継ぎ素材等のディスプー展示やご紹介をさせていただき、京都市より認定エコイベンドレベル4をいただきました。

 それでも、当初企画段階で発案していた様々な試みや、なにより、直すという行為の本当の奥深さや多様性について充分に語れたかは疑問符がつきます。
 次の機会にあらためて、より深く、「直す行為」を突き詰められればと課題があらわれたことが何よりの収穫かもしれません。

主催:Pro Antiques COM
認定:京都市環境政策局 循環型社会推進部
監修・文責 雁金敏彦 (情報技研)