「失われた時間をさがして・・・」

 三条通り下がる新京極に「タラタラ坂」という小さな下り坂があります。この坂は、並走する寺町通にも、河原町通りにも「坂」に当たるものが無いことから、京童の数える京都不思議の一つに挙げられてきました。

 ここに長年続いてきた古い商店があり、それが最近になって全くその様相を変えました。テイクアウトのテナントが入り、激変というべきその変化によって、長く続く土地の記憶からは断絶し、京都の街の時代の連続性がここにまたひとつ途絶えるという風景の一つとなりました。

 

「懐古や復古ではなく、人の想いの復元・・・」


 
その依頼があった時、最初に手にしたのがその土地の大正中期ごろのセピア色の写真でした。手の中の写真が持つ温かみは、「わたし」を魅了し、土地の記憶が無い街が日本中に広がった現在。その「空気」そのものを再現するべきだという強い気持ちが宿りました。

 せっかくPro Antiques "COM"が手がけるなら、ぜひにも、その時代の空気。その時代の人々の息吹、そしてその時代からの土地の記憶を呼び覚ますような連続性を建物に与えたい。そんなふうに最初に考え、工具をつかみました。


 手を使う格闘をつづけると少しずつ、足をとめて施工に見入るギャラリーの数が増え始めました。スマホをかざす人が次から次に・・・断絶していた土地の記憶が動き始めた瞬間でした。

by Pro Antiques "COM"

 

「空気」の力で人の足を止めよう

工具や刷毛をにぎって自分たちの手で時間を刻んでいく過程で、現場を覗き込んで、わたしたちに声をかけ、話しかけたり質問したりしてくれる人たちがたくさん現れます。

 「何ができるの」「なつかしいねえ」から始まり、「壁をわざわざ作って壊しているの??」「つぶしているようなしか見えないが、いったいなにをしているの?。」確かに当然の疑問かもしれません。

 そしてついには、「雇ってほしい」とか、「手伝いたい」という人まで現れます。ロンドンで店舗施工をしているという男性が、わざわざコンビニで買ったビールを差し入れてくれて、「応援しているよ」と言ってくれました。

 普通のルーチンワークともいうべき商業施工では考えられないような反応に、多くの人たちが街の風景に実は何を求めているのかがわかってきました。
 

都市計画の外側で・・・。

商いの流行や浮沈、そして時代の移ろい。街の記憶を消し去るのは、そうした要素ばかりではありません。

 消防法や土地関連の規制法など、社会の諸制度もまた土地から連続性を奪い去ります。だからといって、法律違反はできないのが苦しいところであり、悲しくもあるところです。

 そうした制約を前にして何もせずに諦める前に、それでも、自分たちの手で取り組んでみて、そこから始めて考えてみよう・・・・取り組んでから試行錯誤して考えようと決意しました。
 0からスタートするのではなく、制約にぶつかりながら、試行錯誤を繰り返すという・・・そういう土地との付き合い方があっても良いのかもしれないと思うと気持ちが少し楽になります。
 

「さあ、中へ・・・」

スイイングドアを押してもらう。時間の流れがよみがえることを体感してもらう。

 記憶の中の時間と「今」がつながり、少しだけ長居したくなる空間、くつろいで安心できる空間を目指しました。時代の連続性がもたらすデジャヴーの幻惑を最大限高めるために、制限ある予算の中であらゆる技法を駆使ししました。

 もちろん、これから10年後の劣化。その時の味わいの深まりを考えて、すぐに剥げ落ちてしまうような手法はとらないことも心がけました。

 ドアを開いて・・・建物の中へ。

 もちろん、その後の物語はそこに集う人々が作り出していくものです。黒子はここで舞台を静かに後にします。

Pro Antiques "COM"